パーフェクトの論理と倫理

潜在顧客の90%を喜ばせるのは、比較的に簡単なのかもしれません。しかし、残りの10%の潜在顧客を喜ばせるのには、大変な努力が必要なのだと思います。

大変な努力をして、残りの10%の潜在顧客の半分を喜ばせることができたとしても、その残りの半分の潜在顧客を喜ばせるには、もっともっと大変な努力が必要となります。

 

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(Wikipedia/郵便ポストより引用)

ゼノンのパラドックス 

100%の潜在顧客を喜ばせるということは、終わりのないゼノンのパラドックスのようなものだと思います。

もし、年老いた珈琲豆焙煎屋が、潜在顧客の90%を喜ばせようとするなら、年老いた珈琲豆焙煎屋がする必要のあるのは、いつも通りの商売をすることです。

しかし、残りの潜在顧客の半分を喜ばせるには、いつも通りの商売では喜んでもらえないわけですから、少なくとも2倍の困難が待っています。その次の半分を喜ばせるには、さらにその2倍の困難がまっています。

それは、始めれば終わりの無い道ですから、まさしくゼノンのパラドックスです。

 

郵便物の90%は普通郵便 

郵便物の90%は普通郵便で、残りの10%のうち半分が速達で、その残りの半分が配達状況を把握できる速達の郵便物だとすると、普通郵便の料金よりも速達料金が高くなって、配達状況を把握できる速達郵便の料金は、それよりもさらに高くなります。

受け取り側の意思に関係なく、発送側の判断で、速達料金や配達状況を把握できる速達料金という追加料金を支払っています。

消費者の90%は、安くて速いファーストフードに満足感を覚えているかもしれません。しかし、満足を感じない消費者が10%いるとして、その部分を囲い込むとなると、品質・サービス・仕込みなどに投資する必要があるわけで、その分、高コストになってしまいます。それでも、満足感を覚えない消費者は残ります。

 

パーフェクトは達成不可能な論理 

病気についても、同じようなことが発生します。患者の90%は、一般的な処置で十分なのかもしれません。しかし、残りの10%の患者は、よりレベルの高い処置が必要で、さらに、その残りの半分は、もっとレベルの高い処置が必要で・・・・・。

おそらく、すべての人たちを喜ばせる組織、すべての人たちに満足感を与える組織というものは、存在できないのだと思います。

パーフェクトは素晴らしいことかもしれませんが、普通は、達成できないものなのだと思います。

 

「焙煎名人」や「焙煎チャンピオン」という用語に違和感を感じる 

年老いた珈琲豆焙煎屋は、和歌山市という地方都市で零細生業パパママ規模の自家焙煎コーヒー豆小売店を営んでいます。

年老いた珈琲豆焙煎屋は、これまで30年間の経験から、コーヒー好きの人たち全員を満足させるコーヒーは、おそらく、存在していないと考えています。

ですから、「焙煎名人」や「焙煎チャンピオン」というような表現に出会うと、何故か違和感を覚えてしまいます。

 

年老いた珈琲豆焙煎屋の商売領域

コーヒーを消費する人たちの90%を満足させることができたとしても、残りの10%を満足させることは、まず無理です。

この部分に、零細生業パパママ経営のコーヒー豆自家焙煎店が活躍できる、面白い市場が存在しているかもしれないと考えています。

年老いた珈琲豆焙煎屋は、その領域で商売をしているつもりですが、なかなか儲けられません。しかし、零細生業パパママ店商売のままで、人並みに食べて行けています。

 

参考にしています

sethgodin.typepad.com